取り敢えず、一つの区切りです。
年内にブログを停止します。
セミリタイアに至る過程
世の中はコロナ過真っただ中、そんな中でセミリタイア生活が始まった。
会社の業務が一段落して、このタイミングしかないと考えて退職した。
年齢は50代になり、丁度良い区切りだと考えた。
資金に多少の余力はあったが、将来の見通しはなにもなかった。
ただ、年金受給まで無収入ということはないだろうと楽観的に思った。
もう一度、会社勤めは出来ないだろうと考えていた。
時間は出来たのは良かったが、世の中は自粛、自粛、自粛。
不要不急の外出は制限され、リモートワークという形式も増えた。
働く気になれないし、暇を持て余していた。
そんな中ふと思った、ブログを書いてみよう。
時間もたっぷりあるし、リタイアを考えている人の参考にもなるだろうと。
そんな感じで始めたブログは、5年以上続いた。
多くの時間が経過した今、セミリタイアした当時の感覚はなく、
自営業としての日々を送っていた。
家族の介護問題が発生した現在、ブログに区切りをつける機会と考えた。
理想郷はない
”そこに行けばどんな夢もかなうというよ~♪”
ドラマ西遊記のエンディングソングですが、リタイアすれば理想郷にたどり着けるわけではない。
会社を退職したので、会社員としての強制的なスケジュールはない。
24時間を自由に使える、理想的な状態が出現した。
やりたいことがある人は狂喜乱舞しそうな状況ですが、
やりたいことがない人は膨大な時間を持て余すことになる。
そんな中で成り行きで自営業を始めた。
自由な環境で行う仕事は面白く、前の仕事も好きな事を確認した。
リモートワーク時には起きてすぐに仕事を始めて、眠たくなるまで没頭した。
出来上がった成果物は過剰品質であったが、問題ないと思っていた。
後で何事も過不足なく行うことが重要なことを知った。
全てが休みはつまらないし、働きすぎると心が荒む。
半分働き、半分の期間は長期で休むことが理想だった。
そんな環境を手に入れていたが、家族の介護で自営業の仕事を停止した。
後2年ぐらいは続けたかったが、これも良い機会と考えよう。
セミリタイアして手に入れた物
会社員時代は忙しく、休日も体と心の回復に使っていた。
出張に行くことも多かったので、自宅で休むことも少なかった。
そんな環境なので、心と体は疲弊した。
その時が嘘のように、セミリタイア後は自由な時間が増えた。
人が少ない時間に活動し、人が少ない場所へ行き、ストレスも大幅に減った。
精神的に追い詰められることはなくなり、穏やかな環境に身を置いた。
一言で表現ですれば”心の余白を手に入れた。”である。
私の日常を下記に記します。
・昼までに軽く学習して、食事や洗濯や掃除をする。
・昼過ぎに出かけて、買い物や興味がある場所に行く。
・夕食を早めに食べて、早めに入浴する。
・夜は読書を行い、瞑想後に就寝する。
これだけで生活満足度は高い。
あまりお金がかからない生活をしている。
朝日を浴び、早朝の風を身に受けて、小鳥の鳴き声を聞き、緑の中を歩く。
なんと贅沢な時間だろうか。
これを実行することは、会社で仕事をしている時は難しかったのが。
忙しいと書いて心を失くす、文字通り心が虚ろであったのでしょう。
物語は続いていく
セミリタイアすれば物語はハッピーエンドではない。
セミリタイア後も物語は続いていく。
物語はハッピーエンドで終了ですが、日常生活は続いていきます。
良いことも、悪いことも、定期的に発生します。
でも、それが当たり前。
起こっていることは出来事で、それに意味を見出しているだけでしょう。
その出来事に対して、何を学び、どう行動するのかが重要と思います。
”なんとかなるさ”の前にある言葉
沖縄方言で”なんくるないさ”という言葉があります。
何かが起こっても、なんとかなるでしょ~って感じで前向きに物事を捉えるきっかけになります。
ちなみに、この方言の全文は下記の通りです。
真(まくとぅ)そーけーなんくるないさ
真そーけー=(人として)正しい行いをしていれば、
なんくるないさ=自然と(あるべきように)なるものだ。
自然になんとかなるという虫の良い話ではない。
正しく行動して、地味に努力を積み重ねれば、その結果を得るものだと考えています。
良い時も、悪い時も、正しいと思える方向へ行動を積み上げて行きましょう。
そうすれば、その結果を手に入れることが出来るでしょう。

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